第一子の治療の時に通っていたクリニックは、不妊治療で有名なところでした。
産科も併設されていたため、小さな子供連れの母親や妊婦さんたちが同じ待合室で順番が来るのを待っているという状況でした。
いつも混雑していて、イスに座れた日はラッキーなのですが、ちょうど隣が妊婦さんや子連れのお母さんだったりすると、なんとなく気持ちが固くなり、目を閉じて寝たふりをすることですべてをシャットアウトしていました。(心が狭いなぁ…)
子供から発せられる生命力
9年も前のことですが、今でも強く印象に残っている光景があります。
当時の私は、1~3歳くらいの子供というと母親の言うことも聞かず、あちらこちらと自由奔放に動き回っているという、偏ったイメージを持っていました。
実際、待合室の床に寝そべってスリッパなどをいじり、母親も匙を投げているという活発な男の子を何人も見かけましたしね(^^;)
子供は欲しくてたまらないのに、私はそういう子供たちが苦手だったのです。
ある時私の座っている向かいのイスに、2歳くらいの女の子と母親がやって来ました。
女の子は小さな身体でイスにちょこんと腰かけ、母親は優しい口調で何やら話しかけています。
朝のバタバタで朝食を与える時間がなかったのか、母親はバナナを1本バッグから取りだし、丁寧に皮を剥いて女の子に差し出しました。
女の子はそれを受け取り、とても静かに口に含んでいます。
なぜこの光景が印象に残っているのかというと、その女の子がやけにおとなしくイスに座り、とても上手にバナナをかじっていたこともそうですが、それよりも何よりも、丸々1本を食べきったということがとても衝撃的でした。
今も当時も胃腸虚弱に悩まされている私がバナナを1本も食べたら、その日は半日ほど胃のピリピリ感と格闘しなければならなくなるでしょう。
よって、まったくの私基準でしかないのですが、生まれてたかだか2年経つか経たないかの女の子が大きなバナナを1本食べきったのを見て、生命ってすごいな、と感心せずにはいられなかったのです。
母親は朝食をバナナで済ませたことに申し訳なさを感じているのか、とても優しい眼差しでじっと娘が食べ終えるのを見守っていました。
そして娘は食べたあとのバナナの皮を母親の広げたナイロン袋にそっと落としました。
自分の子供なら無条件に愛せるけど、よその子は何考えているのか分からないし、絶対ムリムリ…という考えしか持っていなかった私の心が氷解していった瞬間でした。
他の人はあなたを「こんなところで朝飯食わすな」って思っているかもしれないけれど(私も一瞬思ったけれど汗)、あなたたちの穏やかな雰囲気は少しだけ私の疲れきった心を癒してくれましたよ…と、当時の気持ちを言葉にするとしたらこんな感じですね(^^)
辛い時こそ心に余裕を持てるようになりたい
この数年後、私は親になり二人目不妊治療のためにクリニック通いをすることになるのですが、今思い出しても、あの時の母親のように優しい眼差しで娘を見守ることが出来ていたかというと、そうとは言いきれません。
私の思惑に反して、二人目不妊治療はなかなか一筋縄ではいきませんでした。
「疲れた」「帰りたい」と駄々をこねる娘に対し、
「あんたが赤ちゃん欲しいって言うからここにいるんでしょ!」
と見当違いないら立ちをぶつけることもありました。
順調にいかないことを娘のせいにし、娘が言葉を失うのを見て自己嫌悪に陥り…。
本当に自分自身も自分の置かされている状況も、嫌で嫌でたまりませんでした。
あの時少しでも長女を授かるために通い続けたあのクリニックの、あのバナナ親子(!?)のことを思い出せていたら、と思うのですが、何一つ思い通りにいかず切羽詰まった状況に置かされると、そんな余裕すら失ってしまうものです。
娘には辛い思いを沢山させてしまいました。
この記事を書くにあたり、様々なシーンを思い出して反省の吐息をもらしている私ですが、最悪の失敗がこの2年後に訪れます。
何気ない言葉の持つ凶器を、私はひしひしと感じました。
それに関しては次の回で書いていきたいと思います。
⇒双子の妊娠と切迫流産

なかなか授かれない…今までよりも1歩進んだ妊活を。


