我が家は男性因子の不妊症で、三人いるうちの上の子二人は顕微授精で、下の子はタイミングで授かりました。
ドクターには顕微授精じゃないと難しいかも、と言われていたため、自然妊娠で授かることは雲を掴むくらい難しいことなのね…と暗い気持ちになっていたんです。
それに、自分に不妊因子があるのであれば、出来ることはなんでもやってやるぞ!ってなるんですが、パートナーのこととなると、完全に管理することって難しいですよね。
規則正しく生活してほしいって思っても、もう夜も遅いから寝なよ!なんて、仕事で疲れて帰ってきてやっと自分の時間を楽しんでいる相手には言えません。
本当は言いたいんですよ。
「お菓子ばかり食べているといい精子が出来ないよ」
「亜鉛飲んだの?飲み忘れてない?」
「お風呂に入るのはいいけど、あまり下半身温めすぎないようにしてね」
「こたつで寝るな!精子が悪くなる!」
……。
言いたいけど言えない。
だからストレスがたまる。
でも言ってしまったら、こんどは夫のストレスになる。
本当に難しいです。
ストレスが原因で先が見えないとき
不妊治療を始めると、今まで感じたことのない種類のストレスに苦しめられることになります。
努力すれば報われるという確証があるのならいいですが、どんなに頑張っても、どんなに努力しても、少しも成果として表れないんですよね。
ゴールがどこにあるのかも分からずただ闇雲に走り続けているランナーと一緒です。
方向は間違っていないはず。
方法も間違っていないはず。
自分たちは確かに走っている。
同じ方向を向いて。
なのにどうしてゴールが見えないのだろう。
私たちはどこで迷ってしまったのだろう。
………。
目標が見えなくなってしまうと、とても疲れてしまいます。
立ち止まりたくもなります。
引き返したくもなります。
繋いでいたはずの手を離してしまいたくもなります。
でも、離してしまっていいのでしょうか?
見えなかったゴールを目指して走っているとき、パートナーとしっかりと手を繋いでいられたから、心強くいられたのではないでしょうか?
ゴールを自分たちで作ってみる
不妊治療は、努力すれば必ず報われるという世界ではありません。
運命を司る神様にもてあそばれているような気持ちにもなります。
自分がどんなに願っても得ることの出来ないものを簡単に手に入れている人たちを、憎らしく思う瞬間もあるでしょう。
当たり前に子供たちと戯れ、微笑み合っている親子。
大きなお腹を抱えてベビー服を選んでいるプレママ。
そういう幸せそうな人たちと街中ですれ違うたび、お店ですれ違うたび、私は心も身体も冷たく硬直していくのが分かりました。
でも、そういう感情は恥ずべきことだと分かっていても、抑えることが出来ないんですよね。
自分がどんどん醜い別の何者かになっていくようで怖いのに、運命は少しも良いほうには転がってくれないし、誰も助けてはくれない。
夫には仕事があるからいいけれど、私には不妊治療しかない。
だから、寝ても覚めてもずっと報われない思いに捕らわれて、身動きが取れないんですよね…。
逃げる場所がないんです。
そして世の中には、かけがえのない命を痛めつけたり、殺してしまう親があまりにも多いです。
そういうニュースを見るたびに、胸が締め付けられる思いがします。
どうしてそんな親のところに生まれたの?どうして私たちのところを選ばなかったの?と…。
本当に不条理な世界ですよね。
治療のことや将来のことについて、私たちはよく話し合いました。
最悪、治療を繰り返しても子供が出来なかったらどうするか。
いつまでもズルズルと続けていくのは金銭的にもメンタル的にも酷だし、どこかで見切りをつけなくちゃいけないときが来るかも知れない。
そうなったとき、自分たちにはどういう生きかたが出来るだろう。
私と夫の意見は一致していました。
養子縁組をすることです。
とはいえ、それは私たちにとってまだまだ先の未来という認識だったので、深く考えることはしませんでした。
ただそういう到達点を持っているというだけで、治療の失敗にも強く立ち向かっていけるようになりました。
親の愛情を欲しても手に入れることの出来ない子供がいて、子供を得て愛情を注ぎたいと思っても出来ない夫婦がいる。
そんな双方が出会って一つの家庭を築いていく。
きっと単純な道のりではないはずです。
けれど、出会えたことで一つの小さな命を幸せにしてあげられるのなら、どんな試練にでも立ち向かっていけるのではないかと思います。
昔読んだ不妊症関連の雑誌の中のワンコーナーで、
「養子縁組をして血のつながりがないことを子供に問い詰められたらどうする?」
というテーマに、ある投稿者がこう答えているのがとても印象に残っています。
「あなたと私たちに血のつながりはないけれど、私とあなたのパパだって赤の他人だよ。みんなバラバラなのもそれはそれで面白いと思わない?」
確かにその通りだよな…と思いました。
命を育てるということ
最終的なゴールを自分たちの中に作ると、移植失敗のたびにどんよりしていた気分もある程度したら切り替えることが出来るようになりました。
養子縁組とまではいかなくても、捨てられて傷付いた犬や猫を引き取るというのでもいいと思います。
保健センターに行くと、新しい家族を求めている動物たちの数の多さに驚かされます。
ガリガリに痩せて肋骨を浮き立たせた犬や猫のプロフィールを見ると胸が苦しくなります。
自分に出来ることってなんだろう?
不妊治療に苦しんでいた当時は毎日のようにそう心に問いかけていました。
人間と比べて動物たちの命が軽んじられていいという道理はありませんよね。
生きているものはみんな等しく尊いものです。
困っている命、苦しんでいる命、孤独に苛まれている命、そういうすべての命と真剣に向き合いたい。
それが当時の私の思いでした。
自然妊娠で三女を授かったとき
二人目の子供が欲しいと思い治療を開始する前、どうにか自然妊娠出来ないものかと、漢方の力に頼ったことがありました。
漢方の場合即効性があるわけではないので、根気強く飲み続けることが大切なのですが、結果につながらないと気持ちが萎えてしまうものです。
結局一瓶飲み終えると、その後が続きませんでした。
忍耐がないだけの話ですが、当時は、
「やっぱり自然妊娠なんて無理なんだな(-_-;)」
と絶望的になりました。
というわけで、次女は苦労のすえに顕微授精で授かりました。
そして時は流れ、次女が1歳になった頃。
私の体調が優れず、まさかと思いながらも妊検してみたら、そのまさかが的中したんですね。
そうです。
絶対無理だと思っていた自然妊娠での陽性反応!!
正直怖かったです。
だって、私たちがですよ。
医者に自然妊娠は難しいと言われていた私たちがですよ!!
興奮で震えが止まりませんでした。
あのときを振り返ってみて思うことは、私も夫も精神状態が安定していたということ。
もちろん幼子の育児真っ只中で疲労感はありました。
けれど、それを凌駕するくらいの充実感がありました。
過去記事でも書いているんですが、ストレスが妊活には一番悪影響だと思います。
身体に良くないことはなんでもストレスで片付けられて、もう正直聞き飽きたと思われるかもしれません。
だって、世の中ストレスを感じないで生きている人なんてそうそうお目にかかれないですよね。
みんな何かしらのストレスを抱えているはずです。
それでも簡単に妊娠して三人も四人も赤ちゃんを産んでいるママは確かに存在する。
やっぱりストレス関係ないじゃん。と言いたくなります。
でも、高い確率でストレスって関係があると思いますよ。
どんなに治療を重ねても、本質が変わらなければ結局付け焼き刃でしかないんですよね。
不妊治療を重ねても成果が出ない苦しみは相当なストレスです。
だからこそ、ちゃんと努力の到達点を定めてほしいと思います。
頑張りすぎて自分たちを追い詰めるのはやめましょう。
治療という重荷を下ろした瞬間、自然妊娠出来たというのはよくある話です。
ストレスを甘く見てはいけませんよ!!


