はじめまして。
そるてぃくっきーと申します(^^)
今から3年前、私たち夫婦は3人の子宝に恵まれ、5人家族になりました。
自分たちが高度治療が必要なレベルの不妊症夫婦だと知らされたときは、目の前が真っ暗、頭の中は真っ白。
どうすればよいのか分からず途方に暮れたことを、昨日のことのように思い出します。
結婚してそれなりに夫婦生活を営んでいれば、簡単に子宝に恵まれると信じていました。
まだ20代だった私たちには、不妊症という名前も、子供が出来ないことで悩んでいるカップルが世界中にいるという事実も、実感として分かるまでにはだいぶ時間がかかりました。
人生で初めての不妊症検査
実家に帰れば当然のことのように、親から、
「まだなの?」
と孫の催促。
最初のうちは笑って適当にあしらえる心の余裕がありましたが、話題の一つとして度々訊かれるようになると、「またその話?もういいから‼」とだんだん苛立ちを隠しきれなくなりました。
精神的に暗い気持ちでいることに耐えかね、結婚後一年を待たずに不妊治療専門クリニックの門を叩きました。
この頃には、ある程度不妊に対する知識は身につけていたので、不妊症と診断されるのが『妊娠に向けて夫婦生活を持ち、2年経過しても兆候が見られない場合』であることは知っていました。
2ヶ月分の基礎体温表を持って診察室に現れた私に、クリニックの院長は不思議そうに尋ねました。
「なんで来たの?何か気になる症状とかあった?」
ごもっともな質問ですね(^^;)
なんと返したかは忘れてしまいましたが、院長は快く検査を勧めてくれました。
結果……。
私のほうにはこれといった異常は見つかりませんでした。
どちらかと言うと痩せぎみで筋金入りの冷え性、さらには胃腸虚弱という絵に描いたような無力型体型だったので、自分の身体の不備が子供の出来ない原因だと思い込んでいました。
院長の勧めもあり、夫の精液検査もしてみたところ…。
精子数、平均値以下。
運動率、正常値未満。
奇形率、かろうじて正常値。
精液量、かろうじて正常値。
いわゆる男性不妊でした。
不妊症の宣告と向き合うということ
正直、体格も良く職業柄身体を動かす機会も多い夫だったので、この結果には二人ともショックを隠しきれませんでした。
しかしこれが私たちに突きつけられた現実だったのです。
「自然妊娠を望むのであればどのくらい頑張れば出来ますか?」
声が震えそうになるのをどうにかこらえ、私はドクターに尋ねました。
「10年頑張って、出来たらラッキーってところだね」
と院長。
要するに、10年くらい経ったら出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。まあ出来たら喜びなさい。ということのようです。
10年後は35歳。
このまま何もしなければ後悔するだろうな…。
そう思ったら、私たちに躊躇している暇はありませんでした。
このクリニックに通い始めたのが25歳の秋。
人工授精2回、顕微授精1回、OHSS(卵巣過剰刺激症候群)の症状が現れ、一時入院を経て、自然周期での凍結胚移植によって着床が確認出来たのが26歳の夏のことです。
当時は治療が辛く、受胎するまでの時間がやけに長く感じられましたが、今こうして振り返ってみると、治療を開始してから1年を待たずしての妊娠だったのだから、私たちは相当に運が良かったほうなのだと思います。
治療を決断するのは早ければ早い方がいい
結論から先に申しますと、このクリニックで長女が誕生し、その4年後にまた別のクリニックで治療をして次女が誕生しました(夫の転勤で別の土地に移ったため)。
そしてさらに2年後、予期せず自然妊娠で三女を授かりました。
どうしても男の子が欲しく、「春になったらまた治療始めるか」と夫婦で話し合っていた矢先のことだったので、このサプライズには正直嬉しさと同時に戸惑いがありました(今まで治療を経ての妊娠しか経験していないため)。
治療を病院側から提案され、なおかつ夫婦の年齢が出産適齢期を過ぎているのであれば、悩んでいるひまはありません。
私の場合、様々なトラブルには見舞われましたが、長女はわりと早い段階で授かることが出来ました。だからこそ、次女も治療を再開したらすぐに授かるだろうとたかをくくっていました。
しかし外見には変化がなくても、内側は日に日に老化の一途をたどっているのです。その根拠と言っては大げさかもしれませんが、長女の時の検査ではなんともなかったFSH値が、2年後、次女の時に行った検査では正常値よりも高く出てしまい、ドクターに「年齢のわりに高いのが気がかり」と言われました。
※FSH→卵胞刺激ホルモンのことで、卵胞の発育を促進する働きがある。この値が正常値よりも高いと、排卵障害や早発閉経の可能性がある。低い場合に考えられるのは、高プロラクチン血症や下垂体機能不全など。
結局「二人目は3つ違いくらいで産みたい」などと、夫とのんきに語り合っていた私が二人目の娘を授かることが出来たのは、その4年後です。
長女とはちょうど4年8ヶ月の年齢差での誕生でした。
治療がなかなか思うように運ばず、「何で早く治療再開しなかったんだろう」と何度も後悔のため息を漏らしていたことを覚えています。
もし、今あなたが治療することを決断出来ずにいるのであれば、ぜひとも「後悔しない方法」を選んでくださいね。
我が子に出会うその日のために
このブログでは、治療と平行して私と夫が体質改善のために実践したこと、さらには治療中の些細なマイナートラブルから大きなトラブルまで、記憶をさかのぼって出来る限り詳しく書いていければと思っています。
これから治療を始めようとしているご夫婦、子供を腕に抱くその日のために、今この瞬間も精一杯努力されているご夫婦に、少しでも私の体験がお役に立てればと思います(^^)


