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自宅安静か入院療養か

不安そうな犬


過去記事、双子の妊娠と切迫流産でも書きましたが、凍結胚移植で着床に至った2個の胚のうち、1個の育ちが順調にいかずに流れてしまいました。

今回はその事について、自分なりに整理してみようかと思います。

最初の大量出血

妊娠判定検査で陽性判定を受けた13日後のことです。

ソファーに腰掛け洗濯物をたたんでいたら、突然水道のコックをひねったかのように、何かが流れ出て来る感覚がありました。

あまりに大量で、しかも自分で止めることが出来ない状況に、一瞬で血の気が引きました。

ゆっくりと立ち上がるとお尻が濡れていて、ダークブラウン色のソファーカバーも黒く汚れていました。

慌ててトイレに駆け込み便座に座ると、ピタッピタッピタッと、何かのしたたる音。

怖くて見ることも出来ませんでしたが、意を決して下着を覗き込むと…。

鮮やかな血で布地が半分染まっていました。

慌ててトイレットペーパーを当て、ナプキンを保管している戸棚へと急ぎました。

その一瞬の間にも、出血はトイレットペーパーを赤くしめらせていきます。

最悪なことには、出血を見たことによるショックのためか、出血そのもののせいで貧血にでもなっていたのか、めまいがし、立っていることもままならない状態になりました。

頭の中が真っ白になり、しばらくはオロオロすることしか出来ませんでした。

ようやく冷静さを取り戻し、4歳の娘を助手席に乗せて、自分の運転で病院へと向かいました。

婦人科はとても混んでいて、診てもらうまでにはだいぶ時間がかかりました。

ようやく診察室に呼ばれ、事情を話すとすぐに内診台に乗るように言われました。

胚移植後、陽性判定をもらうまでには不正出血に悩まされ、何度も絶望的な気持ちになりましたが、そんな状態でも双子のbabyはしっかりと私の中に根をおろしてくれました。

しかし、今回の出血はその時の比ではなく、めまいがするほど大量の出血だったため、私はほとんどあきらめかけていました。

しかし内診の結果、babyは二人ともまだ私の中にしっかりとしがみついていてくれたのです。

安堵しましたが、医師の、

「安静が大事。出来れば入院した方がいい」

との言葉に事態の深刻さが伝わって来ました。

2度目の出血と3度目の出血

そうは言われても引っ越して来たばかりで近くに頼れる人間がいないので、私が入院することになれば、日中娘を見る人間がいなくなってしまいます。

私は自宅安静を選ぶことにしました。

とはいえ、家の中は引っ越し用段ボールがまだ点々と残っていて少しも片付いていないし、遊び盛りの4歳の娘は身体をもてあまして退屈しきっています。

ちょっとだけなら…と近所に買い物に出かけたり、身の回りのものだけでも片付けようと、少しだけ動き回ったりということはしましたが、自分では無理をしているという感覚はありませんでした。

私は全くもって安静の意味を理解していなかったのです。

そんな矢先、2度目の出血が起きました。

私は再び病院へと急ぎました。

内診の後、診察室に呼ばれ、医師にこう言われました。

「小さい方はもしかしたらいなくなってしまうかもしれません」

見せられたエコー写真に写っていた2つの卵は、そうは言ってもまだちゃんと存在している。

医師の言葉にはショックを隠しきれませんでしたが、いつまでも落ち込んでいるわけにはいきません。

私は意を決し、一日中家でお姫様生活をすることにしました。

それは家事も、片付けも、娘と遊ぶことも控えるということなので後ろめたさがありましたが、度重なる出血によってお腹のbabyたちが危険にさらされているとあっては、そうも言ってられません。

しかし、この決心の2日後、今までで一番ひどい出血が起こります。

ナプキンの吸収が追い付かず、下着にあふれ出す程でした。

そんな状態なので、今回は自分の運転で病院に行くことは危険と察し、夫に連絡しました。

1時間半かけて職場到着したばかりの夫は、また1時間半かけて自宅にとんぼ返りです。

入院の決意

この時診てくれた医師は、この病院の院長でした。

診断結果は、

切迫流産

小さかった方のbabyはいなくなっているというショッキングな言葉。

そしてもう一人のbabyがちゃんと生き延びてくれるかどうかは、五分五分という現実…。

そういったことを説明したのち、院長は、

「このまま入院してください」

と有無を言わさぬ強さで言ったのでした。

1回目2回目と、それぞれ別の医師で、入院するか自宅安静にするかは本人に任せるというスタンスだったので、本当は入院して安静にしていたいのだけれど、それが無理な状況だからと、自宅安静を選んできました。

その結果が双子の一人を失うということと関係があったのだとしたら、私の判断は間違っていたということになります。

なので院長の強い言葉は、私を少しだけホッとさせてくれました。

とはいえ、それは夫や娘に大きな負担を与えることを意味します。

急きょ県外の私の母親に来てもらったり、娘を預かってもらう保育園を探したり、私が入院していた期間の夫の苦労は計り知れなかったと思います。

当初は2週間の入院予定でしたが、夫の心身の疲労を見て10日で退院することになりました。

 

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