エルバランシアのルイボスティレビューはこちら

不妊治療に協力的じゃない夫をその気にさせる

繋がれた手


元々夫は子供好きで、第一子の治療の時もとても協力的でした。

どちらかと言えば私よりも熱が入っていたように思います。

私は痛みに弱く小心者なので、まだ妊娠もしていない時から出産の痛みを想像して後ろ向きになったり、時々自分がどこへ向かおうとしているのか分からなくなって、妊活を投げ出してしまいたくなったりということが度々ありました。

娘の願いを叶えてあげたい

しかし第一子の出産、分娩直後の子宮内反症の激痛を乗り越え、

「何でもドンとこい❗」

と言えるだけの貫禄は付いてきたように思います。

娘との生活も私を少しだけ成長させてくれました。

子育ては本当に一筋縄ではいきません。

自分の時間がまったく持てなかったり、睡眠時間を取ることもままならなかったり、毎日がイライラクヨクヨの連続です。

それでも子供は、

「ママ、ママ!」

と私に全幅の信頼を寄せ、どんなに苛立っていても、どんなにぶっきらぼうな態度を取っていても、キラキラと輝く目で抱きついてくるのです。

そんな姿を見ていると、

「この子を守ってやれるのは私だけ」

という思いが強くなり、もう少し余裕を持てるようにしなくちゃな…と己の至らなさを反省してみたり…。

その娘が、

「赤ちゃん、いいなあ 」

「ほしいなあ」と赤ちゃん欲しいアピールをことあるごとにするように。

デパートのチャイルドシート売り場で等身大の赤ちゃん人形が置いてあるのを見つけ、小さな身体で一生懸命抱き上げ、あやす真似をしたりということもあり、心の中がジンッと熱くなったことを覚えています。

どうにかして娘の願いを叶えてあげたい。

この子をお姉ちゃんにしてあげたい。

だけど夫は治療には乗り気じゃない。

いったいどうすればいいのだろう…。

得策など何一つとしてありませんでした。

私に出来ることはただただ毎日しつこく、夫に治療をしたいと詰め寄ることくらいです。

夫が私の子宮内反症が原因でどれだけの傷を心に負ったかは理解しているつもりでしたが、あまりにも頑固なので危うくこちらが諦めかけそうになることもありました。

⇒子宮内反症の記事はコチラ

しかし時に感情的に、時に論理的に夫を説得し続けた結果、

「検査だけなら」とようやく首を縦に振らせることが出来ました。

子連れでの治療は想像以上に大変

喜び勇んでクリニック通いを始めましたが、1人目治療の時にはなかった苦労があることに気付きました。

それは、チョロチョロと落ち着きのない盛りの2歳児が常に傍らにいるということです。

標榜が婦人科のみで、不妊治療を大々的に掲げていたクリニックのためか、子供連れの患者さんはほとんどおらず、時々我が娘よりもチョロチョロしている子供がやって来ると、なんとなく安心出来たものです。

実家も遠くて父母に頼ることも出来ず、採卵の時にも娘を連れて来院しようとしたら、さすがに止められました。

「まだ2歳なので1人で家に置いておくことも出来ないので…」

と無理を言って承諾を得ようとしましたが、当然のことながらダメでした。

「保育園に一時預かり保育っていうのがありますよ」

と看護師さんに勧められ、採卵日には身の切られるような思いで娘を保育園に預けました。

人生で初めての親と離れての集団生活でしたが、なかなか肝の据わっている娘で、わがままを言うことも泣くこともなく、

「じゃあね!」

とあっさり保育士さんと一緒に行ってしまいました。

その瞬間思いました。

「私は子離れ、難しいだろうな…」と。

現在7歳になった娘は、あの頃の自信に満ちあふれた様子は鳴りをひそめ、私に似て小心者でちょっと甘えん坊になりましたが、よく気が利く優しい娘に育っています。

子宮内反症が原因で、出産直後に抱っこしてやれなかった無念はいまだに私の中に残っていますが、そんなことにはお構いなしに、日々スクスク成長していっています。

まだまだ先のことと分かっていても、やがて訪れる我が子の巣立ちの日を想像してブルーになっている、今日この頃です。

ミトコプラス
なかなか授かれない…今までよりも1歩進んだ妊活を。

(Visited 116 times, 1 visits today)